父、永眠

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2月25日、4:03、73歳で父が旅立ちました。
昨日、初七日も終え、やっと一息つくことができました。
亡くなった翌日が友引であったため、仮通夜も入り、長い長い3日間でした。
通夜も告別式も、無事に終わらせねばという使命感で、思った以上に泣かずにいられました。火葬場でルルに最後のお別れをさせることもできたし。

もう2度と、その姿を見ることも、声を聞くことも、触れることもできない。それはとても寂しくて、悲しいことです。今でも、何でもない瞬間に涙腺が緩んでしまいます。きっとこの先も、頻度は減っても、そんな瞬間があることでしょう。
けれど、ずっとそばにいて、頑張った姿を、苦しんだ姿を、強い痛み止めの副作用を見てきただけに、私も母も、ある部分ではほっとしたのでした。もうこれ以上、父を頑張らせなくて済む、苦しませずに済む、と。多くを自分の中にだけ抱え込むことの多い人でしたから・・・。

まだまだこれから三回忌が済むまでは、本当の一段落とは言えません。
父方の祖父母、父の兄、母方の祖母とを、送ってきての実感。
来月の四十九日、初盆、喪中ハガキ、一周忌、三回忌(実際には2年目に行うので)と、あっと言う間です。三回忌を終えて、やっと本当に一段落。そうこうしているうちに、時間というものに、悲しみは随分と癒されてしまうのかもしれませんね。

「お父さん、また会おうね。それまで、先に逝った子達をよろしく。
お父さん、私はあなたの娘でいられて幸せでしたよ。
お父さん、大好きです。今までも、これからも、ずっと・・・」

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コメント(4)

お疲れ様・・・。
いつも気遣いしてくれて、優しかったよね~。
それにしても早過ぎるよ・・・。
まだいろんなこと教えてもらいたかったのに・・・。
(-∧-)合掌・・・

いつか退院されると信じてたので驚きました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

なんと言えば良いのかうまく言葉が見つかりませんが、柿ママさん、そしてご家族の皆さんの心が早く元気になりますように。

>Brian
3日間、ありがとうね。お陰で、おかんも私も倒れることなく、おとんを見送ることができました。
本当に早過ぎるね。頑張り過ぎて、何もかも自分の中に抱え込み過ぎて、急ぐ結果になってしまったのだろうね。
もっとおとんの中に踏み込んじゃえば良かったんだな、と思う。

>きみちゃん
ありがとう。
どこかに覚悟もあり、けれど同じように奇跡に近いことが起きることを諦めもできず、そんな気持ちでの1年半だったの。だから、多分、それが文章にも出てたと思う。
家族と、余命告知を受けたことを知らせた父の兄弟姉妹以外、誰も思ってもいなかったと思う。

寂しいし、まだ現実味が湧かない。入院生活の方が長かったから余計ね。
案外これから先のほうが寂しさは募るのかもしれないけれど、おかんと2人、元気に頑張っていくよ(^-^)

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このページは、柿ママが2008年3月 2日 23:40に書いた記事です。

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