そりゃぁ、仕事をまとめてしようとする私が悪いと言えば悪いのかもしれないが、往々にして、こういう時に限って、余計且つ面倒な仕事がプラスされたりもするのだ。準備万端、余裕綽々(何かちょっと違う気もするが(^^;))でやってると、そういう仕事は発生しないものだ。実際。不思議だね。プラスイメージが良い現実を呼び寄せ、マイナスイメージが良くない現実を呼び寄せるのと一緒で、忙しさは忙しさを呼び寄せる!?
てなわけで、ホルの抱っこお願いモードにも応えられない。寒いこともあって、ストーブを入れるが、あっという間に暖かくなり、やがては暑くなってしまい、夕方には消えている状態に。ストーブがあれば、大人しくその前に寛いでいてくれるのに、消してしまった上に、私が全然抱っこしないものだから、嫌がらせをされました(T_T)。お決まりのスプレー。しかし、されるであろうことが分かっていたポイントなので、以前からビニールを被せ、垂れてもいいようにペットシーツも敷いてあったのが功を奏して、実害なし。実害があった日には、ホルの立場が悪くなって、事務所出入り禁止を本気で申し渡されてしまうかもしれないんだから、ひやひやものである。スプレーしないように気を配るのが正しいのだが、今日みたいな日は中々に難しい。頼むからホル、余計に忙しくさせるな(^^;)。一層抱っこどころじゃなくなっちゃうし・・・。
チロと最近会っていない。おばあの後を継いでいる形の伯母は特に何も言わない。以前代わりにやっていた時も言ってくれたので、姿を見せなければ、何か言ってくるだろう。実際、確認するとそうなのだ。ということは、私とチロのタイミングが完全にずれているというだけのことだろう。
もどきが来ない上に、チロも、なんてことになったら、結構精神的にしんどい。きみ、ちゃな、ゴンが姿を見せなくなった時もそうだった。さすがに応える。生死を考えるのではなく、これからも続けていけば、何らかの形でまた会えなくなる子がいるのだと考えると、堪らなくなるのだ。どんな生き物にも、生き物だからこそ、別れが訪れるとは分かっていても、家に迎え入れられないからこそ余計に堪らなくなる。
それでも結局やめられないのも分かってはいるのだ。分かっているからこそ、堪らないのかも。それも含めて、猫達から与えられるものは計り知れなくて、猫達と共にない生活なんて、今更考えられもしない。けれどやっぱり堪らない・・・と多分何年、何十年、猫達と共に生きようと、同じことを繰り返し考え、感じ続けるのだろうな、と思う。状況の変化や気持ちをやり繰りする方法は変っていっても。
どうも夜の闇だけでなく、寒さも人を感傷的にさせるらしい。冬の夜は切ない。