今日は祖父の命日。

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もうあれから丸4年。
日曜日、何度か携帯に入っている母からの着信。何となく変だな、と感じながら電話をしたあの日。上司に連絡をし、休暇を取り、飛行機のチケットを取り、佐世保に戻ったのは翌日。
もう3週間で退職し、佐世保に戻ってくる、そういう時だった。
その3ヵ月後には祖母、さらに4ヵ月後には伯父が逝ってしまった。祖父が寂しがって祖母を呼び(何をするにしても「お母さん(祖母のこと)は?」と言っていたそうだ)、当時ケアハウスに入居していた伯父と、その世話を必然的に受け持っていた叔母の身を案じた祖母が、伯父を手元に呼んだのだ、と皆が言っていた。
いずれにしても立て続けの見送りは、否応無しに、近しい人間の先行きを考えさせ、葬式の手順をうろ覚えながらも吸収させる機会となってしまった。
それから4年、長いような短いような、色んなことがあった時間だった。紗美を迎え、健人を迎え、間には里子出しもした。色んな人と知り合った。里親探しや捕獲のお手伝いもした。外猫達の面子にも変化があった。悲しくて苦しい思いもした。それ以上の喜びももらった。
今そばにいる子達、人々、それをいつかは必ず見送らねばならない。そしてさらにはいつか、私も見送られる。遅かれ早かれ、その日は来る。いつかは分からないその日まで、猫達にまみれて生きていこう。少しでも多くその子達を幸せにしたい。

偉そうなことを書きながら、たいしたことはできていないけれど、今までやってきたことをこれからも続けていく。
でも、今、何かこれまでとは違うことをする時期なのかもしれない。したいと思っていることが、実は意識の底に隠れているのかもしれない。今日、5年近く前、「私は一生、猫と関わって生きていく」と確信できたあの日と同じような感覚を味わった。その何か、は分からないのに、確かにある、と言える。
変なやつだと笑われるかもしれないけれど、青空を眺めていた時に湧いてきたその感覚を私は信じている。そういう感覚を信じて、今私はここにいるのだから。
奇しくも祖父の命日。もしかしたらおじいちゃんが何かを教えに来てくれたのかもしれない。それとも、しまだろうか?明々後日はしまの命日だ。

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このページは、柿ママが2004年3月26日 23:38に書いた記事です。

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